電車に乗っていた。
ある駅でたくさん人が降りた。
自分は二人がけの席が空いたので座ることにした。
ふと、通路を挟んで向かい側の、ちょうど同じように空席になったばかりの二人がけの席に目がいった。
座席には定期パスのようなものが落ちていた。
おそらく今さっき降りた人のものだ。
どんな人がそこに座っていたが、記憶が判然としない。
降りた持ち主を探す手間を想像して億劫になり、少々の気まずさを覚えながらなにもしなかった。
そこに二人の若者が来た。
ガラの悪い見た目の二人だ。
そしてそのパスが落ちている座席に座ろうとした。
そして彼らもそのパスを見つけた。
数秒固まる二人。
どういう行動に出るか、となんとなく気になって横目で見ていると、固まっていたのは束の間で、すぐに車両を降りて改札の階段を登っていった。
すると、持ち主らしき若者が急いで階段を降りて来た。
お互いにすぐにそれとわかったのか、目礼をしてパスを手渡す。
そしてガラの悪い若者二人は何事もなかったかのようにまた電車に乗り込んだ。
そこでちょうど扉が閉まった。
顛末の鮮やかさと、当然のことを当然のようにやってのけた若者の力みのなさと涼やかさに、感動を覚えた。
落ちていたパスには紙幣が数枚折りたたまれていた。
自分は若者たちの風貌を見て、ひょっとしたらくすねるんじゃないか、とすら邪推していた。
それが、このザマだ。
自分は何もできなかったくせに、人の品評だけは偉そうにやったのけ、挙句大外れだ。
若者に敬意と詫びの気持ちを込めて、己の卑しさをここに記しておく。